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AD 有田焼のオープンファクトリー&製造体験展示イベント『Go Forward 2023』イベントレポート

有田焼の製造現場にて

2023年11月17日・18日の2日間、佐賀県伊万里・有田の窯元有志13名からなる「NEXTRAD」が主催するイベント『Go Forward 2023』が開催された。NEXTRADは、有田焼産業における持続可能な未来の実現を目指して活動しているチーム。イベントでは、有田焼のものづくりと産地の現状や課題を多くの人に知ってもらうため、製造工程や各窯元の取り組みを紹介する展示、製造現場を見学できるオープンファクトリー、有田焼の製作を体験できるワークショップなどを通して、有田焼のものづくりを紐解いていく。

ものスゴTOUR

2021年より毎年実施され、今回で3度目となるイベントは、新型コロナウイルス感染症が5類へ移行されてからは初めての開催。一部の日程は佐賀県が企画運営を行なう「ものスゴTOUR」との共催で執り行なわれた。ものスゴTOURは、佐賀県内のものづくりの企業や工房を見学することで、幅広い年齢層にものづくりの魅力や楽しさを伝えるツアーだ。『Go Forward 2023』に参加する「伊万里・有田焼職人体験ツアー」は、定員60名に対し500名近い応募があり、多くの親子連れで賑わった。コロナ禍で課題としてきた集客面にも改善が見られた形だ。

今回初めての試みとなったのが、本格的な製作体験ワークショップだ。昨年までは簡易金継ぎのみが体験可能であったが、今回のワークショップでは、「型押し」「イッチン」「転写」の3つの製作技法を体験することができた。「型押し」は、石膏型に粘土を押し込んで生地を成形する技法で、今回参加者たちが作るのはTシャツの形をした可愛らしい箸置き。一見易しそうに見えるのだが、目分量で適量の粘土を見極めなければならないため、案外難しい。教えてくれたのは、北川美宣窯の北川朝行さん。北川美宣窯は代々彫刻を得意とする窯元で、近年ではこの型押しで製作した多種多様なモチーフの箸置きが人気だそうだ。

型押しの手ほどきを受ける

イッチン体験。コツをつかんできた

「イッチン」は、スポイトで泥漿(でいしょう)を絞り出しながら線文を描いていく技法。絞り出した部分がぷっくりと盛り上がり、文様となる。今回体験できる3つの技法の中では、最も難易度の高い技法と言えるだろう。スポイトを押す力加減や描く速さなどによって、泥漿が出すぎてしまったり、逆に詰まってしまったりと、なかなか筆や鉛筆で絵を描くようにはいかない。それでも参加者たちは、吉右ヱ門製陶所の原田吉泰さんに手ほどきを受けながら、真剣なまなざしで挑戦していた。上手く描けたときには、達成感もひとしおだ。

「転写」は、絵付け用の絵の具で文様が印刷された転写シールを使って、文様を器に写す技法。手描きの場合、高い技術力と途方もない手間や時間が必要とされる緻密な絵付けも、転写技法を使うと効率的な生産が可能となる。水に浸したシールを器面に貼り、水分を取って文様を定着させるのだが、シールを貼っていく作業は子どもたちにとっても面白いようで、転写技法を得意とする徳幸窯の徳永弘幸さんの指導のもと、参加者たちは楽しく作業を進めていた。伊万里在住という参加者は、「1年前に佐賀に引っ越してきました。伊万里はやきものが有名なのは知っていたけれど、あまり詳しくは知らなかったので良い機会になると思い、今回参加を希望しました」と話し、「(娘も)楽しそうです」と笑顔を見せた。実際に製作を体験することで、日頃何気なく使っている器が職人たちの高い技術力に支えられて作られているということに、親子で考えを巡らすきっかけにもなっただろう。

転写体験。いろいろな模様を自由に貼り付けていく

オープンファクトリーでは、7つの窯元が製造現場を公開した。普段は公開していない製造現場を間近で見学できる貴重な機会だ。ここでは3つの窯元のオープンファクトリーの様子を紹介したい。

田森陶園での窯出し体験。力を合わせて

伊万里の田森陶園は、磁器をはじめ、陶器や半磁器の生産も行ない、幅広いものづくりを手掛ける窯元。オープンファクトリーでは絵付け見学、排泥鋳込体験、釉掛け見学、窯出し体験などを行なった。特に窯出し体験は、数人の子どもたちが協力して窯の台車を引き出したり、窯出ししたばかりの商品の周りの温度の熱さに驚いたりと、非常に新鮮な体験となったようだ。子どもたちは、「どの工程が一番難しいですか」「窯詰めにはどのくらいの時間がかかりますか」など、興味津々で田森陶園の田中克幸さんに質問を投げかけていた。見学終了後に田中さんは、「みんな予想以上に積極的に質問してくれたので嬉しい。普段の食器が一つひとつ手間暇かけて作られているということが伝わると良いなと思う」と手ごたえを語った。

吉右ヱ門製陶所は、海外でも人気の高い器を製作している窯元。代表の原田吉泰さんが、独自に開発した「泡化粧」の釉薬誕生の経緯を参加者に向けて紹介すると、参加者からは感嘆の声が漏れた。泡化粧の釉薬は、通常廃棄される素焼きの破片を再利用して作られる。また、吉右ヱ門製陶所が代々得意としてきた「イッチン」技法を応用したものでもある。こうした窯元独自の技術や持続可能なものづくりにつながる取り組みには参加者たちの高い関心がうかがえ、子どもたちはもちろん、大人たちも真剣に耳を傾けていた。

泡化粧の施釉

子どもたちの質問に答える百田真平さん

吉右ヱ門製陶所に隣り合うように位置するのが弥源次窯だ。さまざまなデザインの加飾を得意とする窯元で、案内する百田真平さんは、昨年NEXTRADに加入したフレッシュなメンバーでありながら頼もしく、一つひとつの工程で丁寧に説明を行なっていた。色とりどりの商品は参加者たちの興味を引き、「この印はスタンプですか」「(生地が)盛り上がっている部分はどうやって作っているんですか」などの転写やイッチンに関する質問も飛び出し、見学の後に体験するワークショップにもつながる効果的な内容となったようだ。

メイン会場では、例年展示している製造工程のほか、長崎国際大学で地方創生を学ぶ学生による、「学生から見た有田の魅力と課題」をテーマとしたパネル展示発表も行なわれた。今回は、参加者たちにとっても窯元にとっても、総じて有意義で実りあるイベントとなった印象だ。伊万里・有田のものづくりはたくさんの課題を抱えており、産地だけでは解決できないこともある。作り手とともにさまざまな人々が課題と真摯に向き合うことで、未来へとつながるものになっていくだろう。年々進化するNEXTRADの活動に今後も注目していきたい。

文:堤 杏子

■ 関連情報

NEXTRAD 公式サイト
https://nextrad.jp/

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KOGEI STANDARD

編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。