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INTRODUCTION

萩焼としてのアイデンティティを大事にすることが、日本文化の豊かさへとつながる。

2024年、十六代を襲名した坂倉新兵衛。代々続く深川萩の窯元・坂倉新兵衛窯の当主として、2025年には各地での襲名記念展を開催し、いずれも成功裏に終えた。今、彼は自身の作陶をどのように捉え、また工芸としての深川萩の未来をどのように見据えているのか。襲名を経て見えた新たな景色と、産地と風土に根差した萩焼のこれからを語る。

インタビュアー / 堤 杏子

  • 坂倉 新兵衛さん 陶芸家

    山口県⾧門市在住。約360年の歴史を持つ深川萩の窯元・坂倉新兵衛窯の十六代目当主。大道土をはじめとした萩の伝統的な土に加え、身近な場所で自ら採取した土も取り入れながら制作に取り組む。素材の質感を活かし、茶陶やオブジェなど幅広い作品づくりに励んでいる。

    ※2024年5月27日 坂倉正紘が十六代坂倉新兵衛を襲名

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坂倉新兵衛窯の登窯

――襲名された時の心境と、襲名記念展を経た現在の心境をお聞かせください。

襲名は、自分の作家としての作品のレベル、あるいは「格」と言ってもいいのかもしれませんが、それを改めてしっかりと見つめ直すタイミングであったかなと思います。代を襲名して、この名前にかなうものが作れるようになっているのかどうか。その問いが、常に頭の中にありました。

茶陶には独特な世界があります。茶道具は使われる場面が明確に存在し、作品自体がその立ち位置を持つんですね。代々の窯であれば、どうしても窯の名前が付いてくるものですので、そこは意識せざるを得ませんでした。襲名記念展は、そうして制作してきた作品が初めて対外的に評価される場でしたので、自分で想像してきた以上に緊張しましたし、プレッシャーも大きかったです。ただ、発表した作品を実際にご覧いただいて、一定の評価をいただけたような感覚はあるので、少しホッとしているところです。

――作陶への向き合い方に変化はありましたか?

襲名前は展覧会の数も多く、瞬発的にものづくりをしている感覚がありました。じっくり作っていくというよりは、思いつきも含めた、その時々の自分の断面を切り取ったような作品が多かったと思います。しかし、襲名を機に半年から1年かけて展覧会の準備に取り組む中で、自分の作陶に向き合う時間が長くなってくると、自分の精神状態や思いが作品に深く影響してくることを実感しました。作家として活動し始めたばかりの頃、悩みながら制作していた時期を少し思い出すような感覚もありましたね。

――これからは、これまでの作陶を掘り下げていくのでしょうか?それとも新たな挑戦を?

これまでは幅を広げることを意識して、外にアンテナを張りながら、さまざまな制作に取り組んできました。けれども今は、いったんそれぞれの技法や素材、制作のクオリティを一つひとつ引き上げていく必要があると感じています。新しい挑戦をやめるわけではありませんが、外から新しいものを取り入れるというよりは、自分の内側にあるものを研ぎ澄ませていくような感覚ですね。襲名というタイミングもあるでしょうし、もしかしたら年齢的にも作家としてそういう段階に来ているのかもしれません。このプロセスをきちんと超えないと、次には進めない。そんな感覚があります。

一方で、新しい刺激が全くないわけではありません。意外にも、お茶の世界や、窯が代々続けてきたことが、僕個人からすると新しいものとして入ってきています。これまで表面的に見ていたものには、思っていた以上に深みがあると気づきました。それが自分の中にあるものか、外から得られるものかというと、曖昧なところではあるんですけれども……まだまだ自分ができていないことや、とらえきれていない部分が山ほどあるのだと思います。

《萩茶盌》
発表年:2025年

――坂倉さんの作陶のベースにある「土の個性を引き出す」という姿勢について、今後の考えを教えてください。

そうですね、それはこれからも変わりません。でも、茶陶はすごく難しくて。工芸として見る時には、形やデザイン、空間性などさまざまな見方がありますが、そこには使うことを想定したうえでの要素が加わってくるんですね。それは深くやればやるほど大きな要素になってきます。数寄者の方々は、きちんとお茶をされたうえで、工芸としての側面も含めて作品を見ています。そのレベルは本当に高く、場合によっては古い名品もライバルになってくるわけですよね。それと同じレベルで使われるということはもちろん難しいんですけれども、それと比べても面白いなと思ってもらえるものを作るのは、すごくハードルが高い。襲名すると、そういう世界が見えてきます。保守的になるということではなく、これまで見えていなかった山々が、一気に視界に入ってきたような感覚です。襲名によって、目の前の世界は確実に広がりました。

――萩は陶芸界の中でも重要な産地ですが、産地全体の未来についてはどのように考えていますか?

もともと萩焼は自分にとって当たり前にあったものでしたが、仕事を始めた頃の自分たちの窯や萩焼の見え方と、現時点での見え方は少し違っています。若い頃は、陶芸業界や萩焼の世界にある問題点のようなものが見えていて。今まで通りではいけないんじゃないか、もっと面白いものができるんじゃないか――それはどの業界でも、若手のうちに感じることなのかもしれないけれども、続けているうちにその一つひとつに理由や成り立ちが見えてきたりするんですね。若い頃の思いや感覚も否定はしないんですけれども、年齢とキャリアを重ねてくると、そうではないものも見えてきます。こうあってもいいんじゃないかと。それが、経験を重ねていくということなのかなとも思います。

そのうえで、最初に感じた問題点ではないですけれども……例えば萩は、茶陶を中心として非常に成功した産地です。ただ、その萩焼の在り方というのは、ここ近年になってやはり通用しなくなっている部分もあるかなと思います。その中で、萩焼全体というよりは、自分がどう動くのかというのは、仕事を始めた時からずっと考えています。現段階で手応えを感じられている部分もあるんですけれども、たぶんまだ足りなくて。より深く考えながら、どういう作品の作り方や発表の仕方をしていけば、今後につながっていくのかなということは考えますね。

登窯横での作陶風景。裏の山で掘る土も制作に使用する

それに加えてここ数年思うことがあります。日本には星の数ほどやきものの産地があって、それぞれ独自の工芸が発達し、産業として今に残っている。そういう意味では、世界の中でも非常に面白い工芸の国となっているのは間違いないと思うんです。その中で、萩焼という一つのやきもの産地の窯元として、きちんと萩焼であろうとするのはすごく大事な気がしています。どこでも何でもできる時代になってきていますが、やっぱりそうではなくて、逆にコアであり続ける努力をした方がいいと思っていて。そのうえで、面白いと思ってもらえるものを作りたい。萩焼としてのアイデンティティを大事にすることが、日本全体の工芸の豊かさ、文化的な豊かさにつながっていくんじゃないのかなと思います。

――萩焼としてのアイデンティティについて、詳しく教えてください。

僕の中で「風土」というキーワードが大きいです。この深川萩の風土性を、やきものに表現したいと思っています。ただ、萩焼らしさや、萩焼が持つイメージを追い求めているのではなくて。もっと深いところで、この風土に根っこが紐づいたものを作りたい。主観的に考え、感じる、土地そのものの要素というのが、やきものに表現されるべきであると思うんです。言語化が難しいけれども、この深川の地でしかできないものがあると思います。その土地に流れるアイデンティティに根を張り、その人の中にある独自のフィルターを通して表れるものがあって、そこがつながって見える作品はやっぱり美しいんですよね。作るものがその土地の要素を吸い取り、そこから生まれて花が咲くような、そういう感覚での作品作りをしていきたいと思っています。

山口県長門市深川三ノ瀬。萩焼深川窯として5つの窯元がこの地で集落を形成している。坂倉新兵衛窯は坂を上りきったところに位置し、三ノ瀬の美しい風景を眼下に望むことができる

――襲名を経て、周りとの関わりの中で得られた気づきや、作品に対する反応で印象的だったことがあれば教えてください。

僕は作り手なので、萩焼をはじめ、やきものに関しての知見はもちろんある程度あります。ただ、ちょっと自分のやきものから離れたもの、例えば全く異なる産地のものや漆などの他の工芸になると、モノの良し悪しって意外とわからなくなるんですよね。さまざまな方とお話ししていて、その見方や感覚にハッとさせられることもあります。

一方で、自分のやっている萩焼に関しては、思ったほど伝わっていないのかなと思うこともあるんです。「モノで語る」というのは日本の美徳であると思いますが、それだけではなかなか難しいのかなと思うところはあります。工芸が好きな人の見方と、別の分野で活躍している人たちの見方は異なる。同じものから受け取るものが全く異なってくる中で、自分のやきものの軸、評価基準、大事にしている価値観をきちんと伝えていかなければいけない。

うちの窯もそうですけれども、茶陶には流派ごとに「この窯元(作家)はこういうものを作る」という共通の認識があったりします。この世界においては、ありがたいことに、真面目にやっていればそれだけである程度は理解されていました。でもそのお茶の在り方自体を含めて、これからの僕らのような次の代の作家たちは、世間により広く発信していくことが必要なのかなと思います。

――直近で挑戦したいことはありますか?

海外での展覧会ですね。40代のうちに、やれることはできるだけやっていきたいと思っています。

――ご自身の活動や作品を通して、海外の方に伝えたいことはありますか?

日本だから、海外だから、というのはそこまでないんですけれども、海外の方には、より先入観なく作品を見ていただける傾向があるなとは思っています。まっさらな状態で作品を見てもらった時にどう見えるのか。その反応に刺激を受け、勉強させてもらうことは多いです。

伝えたいこととなると、やっぱり萩焼というやきものが一体どういうやきもので、どういう背景を持っているかということ。それが日本文化の深みに触れるきっかけになれば嬉しいです。萩焼は歴史的には戦国時代までつながりますし、茶陶として、茶道という日本美術の根幹の一つにもつながりますので、日本文化の一つのフックとして、そこから楽しんでもらえる要素が本当にたくさんあると思っていて。そのときに、古いものとしてではなく、現代を生きている工芸として提示できれば一番良いなと思います。

坂倉新兵衛窯
山口県長門市に位置する深川萩の窯元。江戸時代初期に開窯した萩藩の御用窯の流れを汲む代表的な窯元の一つ。毛利輝元に招かれた朝鮮人陶工の兄・李勺光を初代とし、代々その技と伝統を受け継いできた。特に中興の祖とされる十二代坂倉新兵衛は、萩焼を茶陶として芸術的な域まで高めた功労者として知られる。2024年、十六代がその名跡を継承した。

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KOGEI STANDARD

編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。