インタビュー:陶芸家・坂倉 新兵衛
VOICE VOL.8

展覧会情報やインタビューなど、工芸に関するさまざま情報を発信しています。
2026.1.4 – 3.1
緑ヶ丘美術館 本館
東京都
2026.1.6 – 3.10
日本民藝館
東京都
2026.1.8 – 3.22
戸栗美術館
東京都
2026.1.16 – 1.31
HULS GALLERY TOKYO

2024年、十六代を襲名した坂倉新兵衛。代々続く深川萩の窯元・坂倉新兵衛窯の当主として、2025年には各地での襲名記念展を開催し、いずれも成功裏に終えた。今、彼は自身の作陶をどのように捉え、また工芸としての深川萩の未来をどのように見据えているのか。襲名を経て見えた新たな景色と、産地と風土に根差した萩焼のこれからを語る。
インタビュアー / 堤 杏子
山口県⾧門市在住。約360年の歴史を持つ深川萩の窯元・坂倉新兵衛窯の十六代目当主。大道土をはじめとした萩の伝統的な土に加え、身近な場所で自ら採取した土も取り入れながら制作に取り組む。素材の質感を活かし、茶陶やオブジェなど幅広い作品づくりに励んでいる。
※2024年5月27日 坂倉正紘が十六代坂倉新兵衛を襲名
詳細プロフィールへ襲名前は展覧会の数も多く、瞬発的にものづくりをしている感覚がありました。じっくり作っていくというよりは、思いつきも含めた、その時々の自分の断面を切り取ったような作品が多かったと思います。しかし、襲名を機に半年から1年かけて展覧会の準備に取り組む中で、自分の作陶に向き合う時間が長くなってくると、自分の精神状態や思いが作品に深く影響してくることを実感しました。作家として活動し始めたばかりの頃、悩みながら制作していた時期を少し思い出すような感覚もありましたね。
そうですね、それはこれからも変わりません。でも、茶陶はすごく難しくて。工芸として見る時には、形やデザイン、空間性などさまざまな見方がありますが、そこには使うことを想定したうえでの要素が加わってくるんですね。それは深くやればやるほど大きな要素になってきます。数寄者の方々は、きちんとお茶をされたうえで、工芸としての側面も含めて作品を見ています。そのレベルは本当に高く、場合によっては古い名品もライバルになってくるわけですよね。それと同じレベルで使われるということはもちろん難しいんですけれども、それと比べても面白いなと思ってもらえるものを作るのは、すごくハードルが高い。襲名すると、そういう世界が見えてきます。保守的になるということではなく、これまで見えていなかった山々が、一気に視界に入ってきたような感覚です。襲名によって、目の前の世界は確実に広がりました。
もともと萩焼は自分にとって当たり前にあったものでしたが、仕事を始めた頃の自分たちの窯や萩焼の見え方と、現時点での見え方は少し違っています。若い頃は、陶芸業界や萩焼の世界にある問題点のようなものが見えていて。今まで通りではいけないんじゃないか、もっと面白いものができるんじゃないか――それはどの業界でも、若手のうちに感じることなのかもしれないけれども、続けているうちにその一つひとつに理由や成り立ちが見えてきたりするんですね。若い頃の思いや感覚も否定はしないんですけれども、年齢とキャリアを重ねてくると、そうではないものも見えてきます。こうあってもいいんじゃないかと。それが、経験を重ねていくということなのかなとも思います。
そのうえで、最初に感じた問題点ではないですけれども……例えば萩は、茶陶を中心として非常に成功した産地です。ただ、その萩焼の在り方というのは、ここ近年になってやはり通用しなくなっている部分もあるかなと思います。その中で、萩焼全体というよりは、自分がどう動くのかというのは、仕事を始めた時からずっと考えています。現段階で手応えを感じられている部分もあるんですけれども、たぶんまだ足りなくて。より深く考えながら、どういう作品の作り方や発表の仕方をしていけば、今後につながっていくのかなということは考えますね。
僕は作り手なので、萩焼をはじめ、やきものに関しての知見はもちろんある程度あります。ただ、ちょっと自分のやきものから離れたもの、例えば全く異なる産地のものや漆などの他の工芸になると、モノの良し悪しって意外とわからなくなるんですよね。さまざまな方とお話ししていて、その見方や感覚にハッとさせられることもあります。
一方で、自分のやっている萩焼に関しては、思ったほど伝わっていないのかなと思うこともあるんです。「モノで語る」というのは日本の美徳であると思いますが、それだけではなかなか難しいのかなと思うところはあります。工芸が好きな人の見方と、別の分野で活躍している人たちの見方は異なる。同じものから受け取るものが全く異なってくる中で、自分のやきものの軸、評価基準、大事にしている価値観をきちんと伝えていかなければいけない。
うちの窯もそうですけれども、茶陶には流派ごとに「この窯元(作家)はこういうものを作る」という共通の認識があったりします。この世界においては、ありがたいことに、真面目にやっていればそれだけである程度は理解されていました。でもそのお茶の在り方自体を含めて、これからの僕らのような次の代の作家たちは、世間により広く発信していくことが必要なのかなと思います。
海外での展覧会ですね。40代のうちに、やれることはできるだけやっていきたいと思っています。
坂倉新兵衛窯
山口県長門市に位置する深川萩の窯元。江戸時代初期に開窯した萩藩の御用窯の流れを汲む代表的な窯元の一つ。毛利輝元に招かれた朝鮮人陶工の兄・李勺光を初代とし、代々その技と伝統を受け継いできた。特に中興の祖とされる十二代坂倉新兵衛は、萩焼を茶陶として芸術的な域まで高めた功労者として知られる。2024年、十六代がその名跡を継承した。