Insightインサイト

展覧会情報やインタビューなど、工芸に関するさまざま情報を発信しています。

展覧会情報

展覧会一覧へ

「山中」

鶴仙渓

奈良時代の高名な僧、行基が発見したと伝えられる山中温泉。北陸の山懐に抱かれ、美しい橋の架かる渓谷沿いに温泉旅館が点在する、風情ある町だ。かの松尾芭蕉もこの地を訪れ、「山中や 菊は手折らじ 湯の匂ひ」と詠み、山中温泉を有馬・草津と並ぶ「扶桑の三名湯」と讃えている。山間にありながら、日本海の新鮮な海の幸も味わえる豊かな食文化も魅力のひとつだろう。こうした自然に恵まれた環境は、繊細な手仕事の技術を育んできた。山中が位置する石川県は多種多様な工芸が息づく地域として有名だが、なかでも漆器は「塗りの輪島」「木地の山中」「蒔絵の金沢」といわれ、各地に特色ある技が受け継がれてきたことを窺わせる。山中は、現在全国一の生産量を誇る「挽物木地」の産地である。

山中漆器

山中で作られる漆器は「山中漆器」「山中塗」と呼ばれ、先述の通り「木地挽き」が最大の特長である。木地挽きとは、木材をろくろで回転させながら刃物で器の形を削り出していくこと。精巧な薄挽きや、筋や渦などの文様を挽く加飾挽きは、山中の木地師ならではの技術だ。道具である刃物は木地師自ら制作し、自分に合ったものを使って作業する――そうでなければ、この繊細な仕事は全うできないということだろう。木が育つのと同じ方向に器の形を取る「縦木取り」によって、歪みや収縮が生じにくい堅牢さを実現していることも、繊細な木地挽きの技を活かすのに一役買っている。こうして作られた質の高い木地は、輪島や京都など、日本各地の塗り物の産地にも提供されている。

加飾挽き

山中で用いられる木材は主に欅やミズメ、栃など。漆を塗っては拭き取る作業を何度も繰り返し、木目を鮮やかに浮かび上がらせる「拭き漆」仕上げも、木地の素材を活かす山中漆器に欠かせない技術である。木地挽きと拭き漆は、素材の美と技術の粋を凝縮した山中漆器の核となる要素と言っても過言ではない。

技の発展と継承

安土桃山時代に越前からやってきた木地師の集団が山中に定住し、この地で挽物木地の生産が始まって以来、その技術は発展を遂げ成熟を極めた。筋物挽きの創始者といわれる江戸時代の名工・蓑屋平兵衛は、均等に無数の線を挽いていく「千筋挽き」を得意とした。明治初期に活躍した筑城良太郎は、毛筋、鱗目、稲穂目など、創意工夫を重ねて新しい筋挽きを発案し、現在では数十種類存在するともいわれる加飾挽きの基礎を築いた。筑城は、拭き漆技法の創始者でもある。その後も木地師として初めて人間国宝に認定された川北良造をはじめ、現在も多くの木地師が山中から輩出され、目覚ましい活躍を遂げている。

参考:

・山中塗(山中漆器)オフィシャルサイト
https://www.yamanakashikki.com/

・山中温泉観光協会
https://www.yamanaka-spa.or.jp/

・石川県立美術館
https://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/

・加賀市
https://www.city.kaga.ishikawa.jp/

・我戸幹男商店
https://www.gatomikio.jp/

・小林真理編『日本伝統の名品がひと目でわかる 漆芸の見かた』(誠文堂新光社)

SHARE WITH

KOGEI STANDARD

編集部

KOGEI STANDARDの編集部。作り手、ギャラリスト、キュレーター、産地のコーディネーターなど、日本の現代工芸に関する幅広い情報網を持ち、日々、取材・編集・情報発信を行なっている。