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インタビュー VOICE

INTRODUCTION

譲れないものがあることが、日本の工芸の真髄

小倉織とは、江戸時代の豊前小倉藩の特産物で、縦縞を特徴とした良質で丈夫な木綿布である。一度は途絶えてしまったこの小倉織を復元させたのが、築城則子氏だ。

能の世界に魅了された築城氏は、地元・小倉に眠っていた小倉織の端切れに出会い、その復元を行った。築城氏を突き動かす小倉織の魅力、日本工芸の魅力とは何かを伺った。

インタビュアー / 柴田 裕介(HULS)

  • 築城 則子さん 染織家

    小倉織の染織家。能装束の美しさに魅かれ、染織の道に入る。その後、自身の故郷にあった小倉織を復元し、小倉織の染織家として活動を続けている。

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織機に向かう築城則子氏

Q1:小倉織との出会いは、どんな出会いだったのでしょうか?

私は美大を卒業したり、家が工芸の家業だったりしたわけではなく、異端から入っているんです。子供の頃から文学が好きで、大学生のときに近世演劇に惹かれて、世阿弥の勉強を始めました。そのときに、舞台の能装束に魅力を感じたことから、織りの勉強を始めたんです。織りを学ぶ中で、骨董屋に通っていた時期があり、そこで見つけたのが小倉織の小さな端切れでした。その小倉織は、木綿なのだけれど、絹と間違うような光沢を持っていて、なめし革のようでもありました。その生地が、自分が育った故郷の織物である小倉織だと知り、途絶えていた織物を再生したいと思ったのです。

小倉織に出会う前に4、5年間ほど紬織りの着物を織っていましたが、紬は経糸と緯糸がミックスされた色が織り色となります。そのときから、私はなぜか経糸だけのときのほうが好きだった。経糸を準備して、良い色ができたと思っても、緯糸の影響で色が変化してしまう。そのときに、どうやったら経(たて)の色が残るんだろうと、そう思っていたときに出会ったのが小倉織の端切れでした。しかもその生地は、自分の生まれ育った場所にあった。それは、幸せな出会いでした。また、最初に出会った端切れがとても素晴らしかったんです。そのあとに、いろいろな小倉織の古い生地も見ましたけど、少し自分の感覚と違うなと思うものもありました。でも、私が最初に出会った子供用の袴の生地は、白と藍色の濃淡だけのシンプルなものでありながら、表現がストレートに出ているもので、素晴らしいものだったんです。

Q2:築城さんの感じる「小倉の原風景」というものを聞かせてください。

小倉の原風景という意味では、「縞縞」のデザインをやっている中で、2018年に北九州のイメージの縞を作ったのですが、その縞を考えるときに、私にとっての小倉の原風景は何なのかを問い直しました。ここには海も山もすぐ近くにある。広がりと共に、高くぶち当たるものがあるという感覚は、平野に住む人とは少し違う感覚があるんじゃないかなと。私は、その土地の風土とそこにいる人の気質というものがあわせもってできたものが、まさに「工芸」だと思うんです。北九州の小倉は、一言で言えば「不器用」。でも、不器用で融通が効かないところがあるから、小倉織のように、織りにくい織物を400年も続けられてきたのだと思います。工芸品は、どの土地のどのジャンルのものでも、一つ一つ絶対にここだけは譲れないものを持っています。大切なことは、その譲れないものがどこの部分なのかなんですよ。

草木染めによる美しい色糸

見事な縦縞のグラデーション

Q3:築城さんご自身が影響を受けてきた人物や出来事について聞かせてください。

世阿弥の研究をしていたときに、能の演じ手のために書かれた本である「花伝書」を読んで、強く影響を受けました。「どうやって自分の花を咲かせられるか」という教えに共感し、20歳のときに初めて読んで以来、読むたびに今でも新しい気づきを得ます。世阿弥という人が一緒に横に立ってくれているような気さえします。そういう意味では、心の中で先生と思っているのは世阿弥ですね。

Q4:これまでの道のりの中で大切にしてきた作り手としてのこだわりを聞かせてください。

この道に進んだきっかけが能装束だったので、ものを創るときにはいつも「非日常の舞台」というものを大切にしています。イメージの先にあるのは、そうした非日常の憧れの世界なんです。工芸品は、日常で使わないといけないものであるし、その中に美をどうやって持ち込むかというのは当然根源にあるのだけれど、私はどうしても「非日常の中にある美しさ」を取り込みたいと思ってしまう。工芸の中でも、小倉織というのはまさに日常のものなんですけど、表現としては非日常を求めているんです。

自然に囲まれた染織工房

Q5:ご自身にとって印象的な海外での文化的な経験というのはございますか?

一番に浮かぶのは、アフリカですね。ちょうど30年前になるんですが、ニジェールとマリに行きました。若いときに、『アラビアのロレンス』という映画を見て、映画の中に出てくる真っ黒いターバンがピカピカと光ることに興味を持っていたんです。調べてみたら、ニジェール川流域に藍染の文化があることがわかって、行ってみたいと思いました。ちょうどアフリカに行った時期は、小倉織を復元してすぐのときだったんですよ。私自身も過去あったものをもう一度やりだそうと思っていたときで、そのときに出会ったアフリカのいろいろな風景が、いつも気持ちの中に在ります。そのターバンをしているのはトゥアレグ族という民族なんですけど、そのトゥアレグ族が巻くターバンはなぜ光るか。そう思って旅をして、最後にそのターバンとやっと出会うんです。見ると、確かに光っている。藍染の生地を使い込んでいるうちに、汗と塩気と汚れとでインディゴが光っていたんです。それを今でも思い出します。

Q6:海外の人に伝えたい、小倉織の魅力・縞の魅力というのはどういったものでしょうか?

古今東西に縞はあるのですが、縞が普遍的なデザインであるということはとても幸運なことだと思っています。顕著な模様がありすぎると、特色は出せるけれど、普遍的なデザインにはなりにくい。小倉織は縞であるから、どんな国にも受け入れてもらえる普遍的なデザインエッセンスを持っている。そこに小倉織の大きな魅力があると思っています。また、世界中に縞はあっても、小倉織のように緯糸が見えないくらい、経糸が経(たて)の世界を表現してくれる縞はないので、それがデザインとしての魅力につながり、生地の滑らかさにも繋がっているとも思います。デザインは普遍性があるけれど、生地として偏ったクオリティを持っている。そこが面白いところかなと。

作品題:『小倉縞木綿帯「有明」』
©Yasuhide Kuge

Q7:最後に、築城さんにとっての「工芸」とはどういったものでしょうか?

「工芸」というものは「アート」や「クラフト」という言葉とは異なる、もっと含有量の多い言葉だと思うんです。工芸って、求めているものが本当に深くて、私もまだ捉えきれていないくらい。工芸の世界では「用と美」という言葉がありますが、これは用いることと同時に美しさを求めるということ。私は、この感覚とは少し違って、「機能美というものが生まれる」ということに興味があります。機能を追求していったら、そこには必ず美が伴う。自分が作るものが、そうなってくれたらいいなと思っています。

また、工芸の中で最も大切なことは「自分の中の譲れない部分とは何か」ということ。日本は工芸の各ジャンルで必ずこの部分を持っているんです。それぞれの方たちが、答えがまだ先にある、まだ先にあると思い、それをある種、愚直なまでに追い求めるとき、譲れないものが心の中に生まれる。私はそれが日本の工芸の真髄だと思っています。緩やかな時間だけど、確実にできていく。この時間とプロセスを自分だけで持てるんです。これが醍醐味です。私も、こうしてものを創っている世界にいて、本当に幸せだなと思っています。

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