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日本の美意識「自然観」

日本の美意識について学んでいくと、日本人の根底に備わっているのは、「自然観」というものなのだと気づくようになる。日本人は、散りゆく桜を美しいと感じるが、これは単に色や景色が綺麗だと思うのではなく、あらゆるものは流転していくとして、世の無常を感じているからだとされる。自然の一つ一つにも、それぞれの物語があると感じるのは、どの文化にも通ずることではなく、日本文化の一つの特徴であることを知っておきたい。

西洋と東洋とで異なる自然観

「自然観」とは、自然に対する人々の価値観や向き合い方のことを言う。例えば、大きな森を目の前にしたとき、みなさんはどのようなものを思い浮かべるだろうか。日本人であれば、ただそこに森があるだけでなく、森の中に潜む神秘的な何かも思い描くのではないか。アニメーション作家の宮崎駿氏が描く世界には、そうした自然観が存分に盛り込まれているが、この自然観というものは、文化や宗教などによって異なり、美意識だけでなく、衣食住のあらゆることにも関わるものである。

西洋と東洋とで大きく異なるのも、この自然観の大きな特徴だ。西洋では、キリスト教の教えのもと、自然は人の手によって支配するものであるという考えがあり、人間中心的な自然観が広がった。その一方で、東洋では、自然は神聖なものであると考え、時に敬い、時に恐れながら、自然との調和を大切にしてきた。東洋の中でも、日本には変化に富んだ気候や複雑な地形があったことで、それらが自然や季節についての多様な語彙を生み、独自の感性を作りだしてきたと言える。

日本ならではの「八百万の神」

日本は、東西南北、一つの国の中に様々な気候が存在する。同じ四季であっても、東北の冬と九州の冬とでは、景色は大きく異なる。米国や中国のように大きな国は別として、日本ほどの大きさの国土の国で、これだけ変化に富んだ気候が存在する国は多くはない。また、国土の多くを占める森だけでなく、山、川、海と豊富な自然があることに加え、地震や台風もある地域だ。そうした環境の中では、人々は自然をありのままに受け入れるしかできないこともあり、自然を人々の手の離れたものとして、敬いかつ恐れる意識が生まれたことは、必然とも言える。日本では、自然のもの全てに神が宿るとされる「八百万の神(やおよろずのかみ)」という神道の考え方があるが、この考え方も、日本のこうした環境から生まれたものであると考えられる。

今の暮らしに足りないもの

日本の自然観は、文化や芸術の分野においても、大きな影響を与えてきた。何よりも、顕著な影響を受けたと言えるのは、俳句だ。季語を用いることを決まりとする俳句は、日本ならではの文化の一つであり、自然への向き合い方、接し方を随所に感じることができる。絵画においても、自然と向き合い続けることで生まれた名作は数多くある。中でも、葛飾北斎の《冨嶽三十六景》は、富士山をさまざまな季節、地域から描いたものとして、日本の自然観を象徴する傑作と言って良いだろう。描かれた景色の中には、穏やかな景色もあれば、荒々しい景色もあり、日本の美意識を見事に映し出した作品と言える。

工芸の世界では、国内外で、信楽焼や備前焼のような土の質感の強い作品の人気が高まっており、草木染めや竹木製品についても、興味を持つ方が増えているように感じる。人々の間に、これらが「今の暮らしに足りないもの」という感覚が生まれているのかもしれない。環境破壊や気候変動が地球全体の問題となる中、東洋西洋という枠を超え、人々が無意識的に、自然の捉え方を見直そうとしているのだろう。

現代では、どこの国の都市も、同じような建物が立ち並び、それぞれの文化が築いてきた自然観というのは失われつつある。そんな時代だからこそ、日本の美術や工芸は、日本ならではの自然観に立ち戻り、その個性を存分に表現していくべきではないかと思う。

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柴田 裕介

編集長

(株)HULSの代表兼工芸メディア「KOGEI STANDARD」の編集長、コラムニスト。東京とシンガポールを拠点に活動を行う。日本工芸の国際展開を専門とし、クリエイティブ・ビジネス面の双方における企画・プロデュースを行っている。