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序文「土地に根ざす、美しいもの」

日本の工芸品は美しい。呉須で描かれた染付の皿、幾重にも塗り重ねられた漆の椀、淡い色彩をした草木染めの織物に、窯変が見事な一点物の焼締の花器。工芸品は、形や文様の美しさだけでなく、道具としての機能を持ち、ひとつひとつに日本各地の暮らしの美意識が埋め込まれている。絵画や彫刻の美術鑑賞とは異なり、日常の中で触れて使うところに、工芸品ならではの美しさがあり、それは現代においても変わることのない価値である。

輪島塗の制作風景

土地に根ざした工芸

本来、工芸品というものは、美しい日常の道具であるとともに、その土地の風土やそこに住む人々の暮らしが映し出されたものでなければならない。これまでの日本は、海には海の、山には山の暮らしがあり、その土地で作られるものはすべてその土地ならではの工芸品であった。今では、そうした「産地」というものに属さない工芸品も多数存在し、それぞれの魅力があるが、産業としての工芸をこれからも発展させていくためには、それぞれの産地のアイデンティティは意識的に高め続けなければならないだろう。

手仕事であれど、土地に根ざしたものでなく、人の知恵と技術のみで生み出されたものであれば、美術品や工業品との区別はより難しいものになる。現代の工業品は、環境に配慮した製品も多く、美しく機能的な道具はさまざまなところで見ることができる。手仕事か機械仕事かだけであれば、工芸品も多少は機械を使うことはあるし、工業品も作業者の微妙な感覚で一点一点異なるものを作ることもある。そのように考えれば、現代の工芸品を工芸品たらしめるものは、手仕事かどうかだけではなく、土地の風土やそこにある暮らしをどれだけ美しく映し出すかどうかであり、そこに工芸ならではの固有の美が潜んでいるのだ。

工芸品を手にしたとき、何をどのように美しいと感じるか。それは美術品と同じく、見る者、使う者の個人的な経験や美意識とも深く結びついている。しかしながら、今の時代に共通して言えることは、現代の都市の暮らしにおいては、工芸品に頼らずとも暮らしは成り立ち、あえて工芸品に触れる人は、何らかの気づきを日常に求めているということであろう。私自身は素材感が良く、その手触りから自然を想起させてくれる工芸品を好むが、国際的にもそうした気運は高まってきている。都会で暮らしている人ほど、日々の情報の多さや多忙さに疲れ、工芸品のようなものを通じて、自然と調和した暮らしを求める傾向が強まっているのではないだろうか。そうした役割がこれからの工芸品に求められるとするならば、それぞれの工芸品がどのような土地の恩恵を受けたものであるかは重要なことであり、四季があり、さまざまな地形を持つ日本ならではの多様な工芸品というものが、大きな可能性を持って浮かび上がってくるのだ。

海を超えて、伝えたいこと

このKOGEI STANDARDというメディアは、「工芸/Kogei」という言葉を国際的に広めたいと思い、始めたものだ。海外で暮らす人々には、「Craft」とも「Art」とも異なる「Kogei」という言葉を通じて、日本の工芸品を感じてほしい。その想いは今でも変わることはない。「民藝/Mingei」という言葉を生み出した柳宗悦は、その言葉によって工芸の道に新たな光を当てた。私たちがこのメディアを通じて行っていくことは、海を超えて、新たなる工芸の道を照らしていくことであり、それはまた、ひとりひとりの作り手のためだけでなく、国際都市で暮らす人々にとっても、日々の気づきになるようなものであってほしい。そう願っている。

これまでの国際社会は、経済成長を追い求めるがゆえに、大量生産に向いた生産地のみを追い求めてきた。先進国で企画された製品は、途上国で大量に生産され、そしてまた各国へと散らばっていく。こうして、あらゆる国が同質なもので都市化し均質化していく現代の国際社会においては、それぞれの地域の固有の文化は衰退はしても、育っていくことはまずなくなってきている。日本の工芸品も、伝統という文字の上で胡座をかいていては、その先に明るい未来はないだろう。日本では、世界へ発信していくべき地方の魅力に気づき、さまざまな人が行動を始めているが、新型コロナウイルスによるパンデミックの影響もあり、大きく前進しているとは言い難い。日本に限らず、これからの国際社会は、それぞれの地域だからできること、それぞれの地域でしかできないものに光を当て、それらを尊重し、高めあうことに向かうべきだ。それは、それぞれの地域の資源や自然環境に目を向けることでもあるし、次の世代に向けての持続可能な社会作りへの一歩でもある。

この連載は、『日本工芸の歩む道』と題し、国際社会における日本の工芸の役割や可能性を考えていくものとなる。二部構成となり、一部では日本の美意識について紹介する。「侘び寂び」や「余白」など、日本の工芸をより深く感じるために大切な美意識をご紹介したい。二部では、気候変動や広がる賃金格差などの社会課題に目を向けながら、これからの工芸に関するさまざまな視点をご紹介する。私自身も日々、工芸から新たな気づきを受けながら、この連載を書き進めていきたいと思う。

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柴田 裕介

編集長

(株)HULSの代表兼工芸メディア「KOGEI STANDARD」の編集長。東京とシンガポールを拠点に活動を行う。日本工芸の国際展開を専門とし、クリエイティブ・ビジネス面の双方における企画・プロデュースを行っている。